洲崎神社に参拝しました 二つの一の宮

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ALOHA!
今日も、みなさんが笑顔になれますように。

前回からの続きです。
大福寺崖観音を出た後は、安房国一之宮 洲崎神社(すさきじんじゃ/すのさきじんじゃ)に向かいました。
安房国とは、昔の国の名前です。
千葉県には、安房国、上総国、下総国(茨城県の一部も入ります)と3つの国がありました。
館山市は、房総半島の南にあり、東京から遠い場所との認識があります。
ですが、はるか昔は、陸路だけではなくて、海路での移動も多かったので、現代とは遠い近いの感覚が違うと思います。
港のある場所から、いろいろなところに行くことができました。
物資や、情報、たくさんの人々が行き交いえました。
そのために、港のある場所を中心に発達した街はたくさんあります。

一宮(一の宮・一之宮)とは、その地域で一番社格の高いの神社のことです。
ただし、時代によって一宮の神社が変わることはあります。
安房国一之宮というのは、安房の国で一番の神社という意味です。
ところが、安房国一之宮の神社は2つあります。

一つは今回参拝させていただいた洲崎神社、もう一つは同じ館山市にある安房神社です。
現在の分類では、安房神社が一之宮とされています。
それでも洲崎神社が一宮と言われる所以ですが、源頼朝が石橋山の合戦で敗れて安房の地へ避難たときに、洲崎神社に祈願をして平家討伐を成功させたことに由来すること。
江戸時代の筆頭老中 松平定信が「安房国一宮 洲崎大明神」の扁額を奉納したことだそうです。
神社って、僕の想像ですが、今よりも地域性が強かったんだと思います。
現在だと、情報が発達しているから、いろんな神社の情報もあり、遠くの神社であっても普通に行けるけど、当時は、そんなに情報もないし遠くにも行けなかったです。
そんな環境の中で、その時代時代で、多くの信仰を集めて、たくさんの人が参拝に訪れる神社があると、その地域が栄えたと思います。
ですので、神社の歴史と、その地域の歴史、文化はとてもリンクしていると思います。

洲崎神社には、奥社と言われている洲宮神社があります。
御祭神は天比理乃咩命(あまのひりのめのみこと)です。
天比理乃咩命は、忌部氏の祖神の一柱とされていて、同じく忌部氏の祖神の天太玉命の后神です。
そして、興味深いことに、もう一つの一之宮 安房神社の御祭神は天太玉命です。
天太玉命はフトダマと言われて、「記紀」には記載がなくて、古語拾遺などでは高皇産霊尊(たかみむすび)の子と記されているそうです。
個人的に、「記紀」に記載のない神様にとても興味があります。
日本が統一されていく中での、併合されてしまったり、平定されてしまった民族の神様だったりします。
あるいは、地域独自の信仰の名残だったりします。
この辺を紐解いていくと、見えてくる歴史があると思います。
続きは次回です。

mahalo
最後まで読んでくださってありがとうございます。

僕は人の感情や意識を感じ取るエンパス(共感能力)です。
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