貪瞋癡と開高健

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ALOHA!
今日は雪がまってますね
気をつけてくださいね

今日も、みなさんが笑顔になれますように

今月(1月)中は、うちの近所のお寺の妙泉寺さん(父親のお墓のある)で、毎朝7時から阿字観瞑想という瞑想を行ってます
僕も出られる時に参加してます
仏教(真言宗智山派)の瞑想なので、瞑想の前にご住職と一緒にお経を唱えます
その中に、懺悔文というお経があります

我れ昔より造る所の諸の悪業は、
皆な無始の貪瞋痴(とん・じん・ち)に由り、
身語意従り生ずる所なり。
一切を我れ今皆な懺悔す

意味は、こんな感じです
私が昔からなしてきた様々な悪しき行いは、すべて始まりもない太古からの貪りと怒りと愚かさを原因として、身体と言葉と心によってなされたものである。それら全てを私は今みな懺悔する。

このお経の中に出てくる人間の諸悪の根元とされる貪瞋痴(とん・じん・ち)は、最も根本的な三つの煩悩で三毒とも言われているそうです
貪(とん):貪欲(とんよく)はてしなくむさぼり求める心
瞋(じん):瞋恚(しんに)怒りの心
癡(ち):愚癡(ぐち)真理に対する無知の心

こういう心って、どんな人にもあると思います
だから、自分が学ぶことや精進することによって、良い人間になって、そういう心をコントロールすることが大切だと言うことだと思います
どの言葉も、表面だけを捉えることは簡単かもしれないけど、本質を捉えることはとても難しいと思います
この言葉の中で、癡(ち)真理に対する無知の心、という言葉がとても印象に残りました
昔、会社をやっている知り合いの方が、「無知は罪悪だ」とお話されていたことを思い出しました
どういう意味で言われたのかは、今ではわからないですが、当時はたぶん、「お前はバカだ」と言う意味だったと思います(笑

無知であることが罪であるということは、とても難しいことです
全てを知る人っていないし、物事はどこから見るかによって変わってきます
特定の分野について、特定のレベルで知っている知識が、本当であるかどうかもわからないし
物事の本質を知ることって、とても難しいと思います
現代社会では、情報が溢れていて、どれが正しいかを見極めることも、とてもむずかしいと思います
人って、それでも理解したい生き物だと思うし、自分がものを知っていることにしたい生き物だから、何か上辺の理解を与えられると、それにしがみついてしまって、知ったつもりになったりもします
そんな理解のレベルが、理解したいって気持ちをもつと、少しずつでもミルフィーユみたいに重なって、少しずつ知が増えていくのかもしれないです

個人的に、いつも思うのは、世の中は知らないことがたくさんあることが幸せだということです
だから、いろんなことを調べたり、そして、経験したり、体感できるってことがとても素敵です
きっと、そういうことって魂が喜ぶことなんだと思います
教養も身につけたいな...尊敬する開高健さんみたいに

最後まで読んでくださってありがとうございます
mahalo

僕は人の感情や意識を感じ取るエンパス(共感能力)です
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