歴史的には、幕末の彰義隊の戦では最後の激戦地(穴稲荷門の戦)として知られているそうです。
明治六年に再興され花園稲荷と改名されて、五條天神社がこちらに御遷座するときに社殿も南面して造営され神苑も一新されたそうです(旧社殿は俗称お穴様の処だそうです)。
そのお穴様の左奥にあるお社は、古書に弥左衛門狐と記されているそうです。
上野の寛永寺が出来る時に忍岡の狐が棲む処が無くなるのを憐んで、一洞を造り社を祀ったと云われています。
かつては、穴様を中心にし約二千坪の敷地があったそうです。
かつては、白羽の矢ー縁談と云う神事があり、近くの掛茶屋が何軒も並んで白羽の矢を売って大繁昌していたと云う記録があるそうです。
江戸時代から「稲荷坂」の名前があるそうです。

五條天神社さんは、医薬祖神(医療の神様)を主神とする神社です。
医薬祖神は、大己貴命(大国主命)と少彦名命の二柱の神様です。
日本武尊(やまとたけるのみこと)が東夷征伐の時に、薬祖神(二柱)の大神に御加護を頂いた事に対して、感謝の気持ちでお祀りされたことが始まりだそうです。
また、相殿として菅原道真公もお祀りされています。
江戸時代になって「天神」という名前がつくので、天神さまがお祀りしなくてはということで、天海僧正および公海僧正が開眼供養をして合祀されたそうです。
下谷天満宮とも呼ばれていて、歌の道の祖神として信仰されていたそうです。
とても歴史のある神社さんです。
江戸時代には、東都七天神の1つに数えられて、湯島天満宮・平河天満宮とともに江戸三大天神と呼ばれていたこともあったそうです。

そしたら、やっぱり17時からでした。(笑
近所の人もたくさん集まっていました。
神主さん(といっても神主さん役の町内の方ですが)が出てきて、いよいよ始まると思った時に不思議なことが起こりました。
突然、大粒の雨が激しく降り出しました。
これ開催できるのかなって思っていると、神主さんが幣を振って、場を清めて始またら、雨が弱くなってやみました。
一瞬の雨です。浄化の雨ですね。なんだか、とても不思議です。

権現様は、相変わらず首都東京を護っています。
東京は、様々なエネルギーの大坩堝です。
良いエネルギーだけじゃなくて、人のありとあらゆる欲望、魑魅魍魎が跋扈する魔都でもあります。
ですが、そこから生み出されるエネルギーは、人が生きるためのエネルギーでもあります。
そんな中で、首都東京、そしてそこで暮らす人々を護っています。
お願い事をする時は、何か社会的に大きな意義があることだと叶いやすいと思います。

境内社である相州海南高家神社御祭神の磐鹿六雁命は、天皇の料理賄方を司った神様です。
神様が大きな魚を料理している絵が描かれています。
疱瘡神社は疫病退散の神様です。
まさに、魚をとることやお料理を司る、まさに漁師町の神社です。
境内にはたくさんの境内社があって、いろいろな神様がいて、ご利益ご神徳をいただけます。
社頭にある狛犬さんの自分の悪いところと同じ箇所を撫でると治癒するそうです。
頼朝公手植えと伝えられる御神木の公孫樹は、女性が乳根をさわるとお乳が出るようになるそうです。

ALOHA! 今日も、みなさんが笑顔になれますように。 先日、下妻市商工会さんで行われた「しもつま創業塾」で講師をさせていただいた時に、少し早めに着きそうだったので、寄り道をしました。 前の日に、GoogleMapで調べていて「砂沼」と言う沼が近くにあるので、気になっていました。 ですので、寄ってみました。 結構、大きな沼です。面積55ha、周囲は6kmあり遊歩道になっているそうです。 茨城百景に …