千体地蔵と教傳地蔵 温泉神社と殺生石

ALOHA!
今日も、みなさんが笑顔になれますように

前回からの続きです。
殺生石には「教傳地獄」という伝説があります。
教傅と言う住職が奥州五箇村の蓮華寺と言うお寺にいました。
教傅は生まれながらの素行が悪く親不孝で心配した母親にお寺に預けられました。それでも全然行いが直りませんでした。
ある日、那須温泉に旅に出るときに母親の朝食の支度が遅かいと母親の用意したお膳を足げりにしてお腹をけとばして出発してしまいました。
那須温泉に着いた教傳は、殺生石を見学しようと賽の河原付近まで行くと、今まで晴れわたっていた空に雷鳴が轟いて、大地から火災熱湯が噴出して教傅は一歩も動くことが出来ずに火の海の地獄に堕ちて行って山津波に飲み込まれたという天罰にあたった話があります。

那須湯元の有志が、享保五年に地蔵を建立して供養を行いました。
その「教傳地蔵」が形も崩れてしまっていたので昭和50年頃に地元の人達の力で修復されました。
そのときに新たな「教傳地蔵」を手がけたのが石工の櫛田豊氏です。
氏はその時に脇地蔵として2体のお地蔵様を寄進しました。それが増えていったのが「千体地蔵」です。


周りの風景や雰囲気のせいか、とても寂しい感じがします。
お地蔵様や仏様は、柔らかいエネルギーを感じることが多いのですが、満たされていないなにか、成仏してあっちの世界に生ききれない何かの得体の知れないエネルギーを感じました。
あまり普段はこんな言い方はしないのですが、写真を写すとありえないものが写ってしまうということを直感的に感じたので写真に収めることをやめました。
殺生石の周りは、あまりこういう人間的なエネルギーは感じません。この周りだけです。

そのまま歩いていくと柵の向こうの斜面に殺生石があります。
すぐ近くまでは行けないようになってます。
説明によると、未だに有毒ガスが出ている可能性があるので立ち入れないようになっているそうです。
殺生石の伝説ができた時代、きっとまだ有毒ガスが吹き出ていた時代を感じてみます。
斜面の奥には、もう少し大きな石もありますが、殺生石にはなにか独特の存在感を感じます。
何かが宿っている感じ、無言の言葉を発している感じ。
しめ縄が張られて結界が作られて封じ込められている感じです。
今は、悪意のある霊的なことは感じなしないですが、あまり良い感触もないです。
伝説通りに毒気を抜かれてしまっているのかもしれません。
そのまま歩いて温泉神社に向かいます。
森の中を抜けて上がっていくと温泉神社です。

mahalo
最後まで読んでくださってありがとうございます。

僕は人の感情や意識を感じ取るエンパス(共感能力)です。
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