正論と正論

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ALOHA!
今日も、みなさんが笑顔になれますように。

インターネットの世界もそうですが、議論に参加したり、傍観していると、その中で正論と思える論調があります。
スキがない内容であったり、反論することが難しく感じる内容であったり、どこか納得せざるを得ない内容であったりします。
言葉を使うことは時として難しいです。
特に議論はテクニックの要素もあったり、感情に訴えかけたり、相手の知らない情報を使うことで優位になったりすることもあります。
また、時間軸でみると、最初に正論と思われていた内容が、違う要素や切り口で見直すと、ひっくり返ることもあります。

なんて、ややこしい書き出しですが...
正論はあくまでも理屈の上での正論の場合もあると思っています。
ある意味、それ以上でも以下でもないと思います。
視点や、前提条件によって、人によって見え方、捉え方、感じ方が違うことがあります。
よく言われることですが、正義と正義でぶつかって戦争になります。
もともとの正義の定義が違ったり、利益や信条など、何が「正」かで、お互いに譲れなくなって争いになります。
人類の歴史を見ても、人が信じる力の強い宗教や信仰での争いがなかなか収まりません。
また、人が信じる気持ちを権力者が利用するのも昔からあることです。
同じ旗のもとに集いやすいシンボルや人を縛る道具としても使われます。

これは、あくまでも個人的な感触です。そう思わない人も多いかもしれません。
心地の良い正論に乗ることは、危険だと思っています。
人はどこか正義に酔いしれること。自分が安全の中にいて正義を唱えることに心地よさを感じること。そんな要素があると感じています。
自分で考えることを止めてしまったり、自分が考えたと錯覚してしまって、この大きな流れに乗ってしまうこと。
なので、どこか少しでも冷静にとらえていないといけないと思ってます。
借りてきた言葉、その言葉に酔いしれて自分が乗っ取られることがあるのかもしれないです。
たとえ、自分の話していることであっても、スキがないと思えたら自分の意見を疑うようにしています。

理屈で正しいもの、反論できないものが正しいと教育をされてきて、どこか、それが染み付いてしまっていて、条件反射的に判断してまうことも多いと思います。
個人的にですが、心の中で違和感を持ったら一呼吸置くこと。反射的に判断しないで少し冷静でいること。
自分の中の良心を優先させるようにしています。
なんか、感じたので書いてみました。

mahalo
最後まで読んでくださってありがとうございます。

僕は人の感情や意識を感じ取るエンパス(共感能力)です。
スピリチュアルリーディングとカウンセリングを組み合わせたセッションを行ってます。恋愛や自分自身のこと仕事や家族のお話が多いです。お話をきくだけでも大丈夫です。
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